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横浜地方裁判所 平成元年(ワ)402号 判決

主文

被告は原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明け渡し、かつ、昭和六四年一月一日から右建物の明渡し済みまで一箇月二〇万円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、第一項に限り仮に執行できる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和六一年九月二〇日、被告及び分離前被告安藤道子(以下「安藤」といい、被告と併せて「被告ら」という。)との間において、次のとおりの約定で、被告らに対し、別紙物件目録記載の建物(以下「本件店舗」という。)を賃貸する旨の店舗賃貸借契約(以下「本件契約」という。)を締結し、本件店舗を引き渡した。

(一) 賃貸借期間 昭和六一年九月二〇日から昭和六三年九月二〇日まで

(二) 賃料 月額二〇万円

(三) 特約 被告らの一方が何らかの理由で本件店舗の経営を辞めることになった場合、本件店舗を直ちに明け渡す。

2  本件店舗は、都市計画法上の第二種住居専用地域内にある地上一三階建マンション(金沢八景ローズマンション、住居戸数六六、店舗数六、以下「本件マンション」という。)の一階部分にあり、神奈川県公害防止条例の定める飲食店に関する騒音規制基準によれば、〈1〉午後六時から午後一一時までは四五ホーン以下、〈2〉午後一一時から午前〇時までは音響機器の使用禁止、〈3〉午前〇時から午前六時までは営業禁止の規制がされている。

ところが、被告らは、昭和六一年一〇月初めころから本件店舗において「にーずぱぶO2」の名称で飲食業を営み始めたものの、右規制に反して、平日は午後六時から翌朝の午前四時ころまで、土曜日及び日曜日は午後六時から翌朝午前五時ころまでカラオケ用の音響機器を使用して営業し、その結果、右音響機器の音、帰り客の矯声、タクシーのクラクションなどのいわゆるカラオケ騒音等を発生させて、本件マンションの住民に騒音公害を与え続けた。

そのため、本件マンションの住民から被告らに対する騒音公害の苦情が続出した。

被告らは、本件マンション管理組合から昭和六二年三月一七日付け書面をもって騒音公害に対する対応を求められたが、これに応じないため、同年七月二四日、同管理組合から書面による警告を受け、さらに、同月三〇日横浜公害対策局騒音課からも書面による指示注意を受けた。

また、原告は、本件マンション管理組合から本件店舗の騒音について苦情を寄せられ、かつ、本件店舗の所有者であり原告に対する賃貸人である花田喜代子からも速やかな是正を求められ、右是正できない場合には本件店舗の賃貸借契約を解除することもある旨の警告を受けた。

3  原告は、被告らに対して本件店舗の騒音防止若しくは本件店舗の明渡しを求めたところ、安藤は明渡しに応ずる意向であったものの、被告はこれに応じないため、被告らと協議を行って、昭和六二年八月二八日、被告らとの間において、本件契約を昭和六三年九月二〇日をもって解約する旨の期限付合意解約をすると共に、次の事項に該当する事由の生じた場合、被告らが原告に対して本件店舗を明け渡す旨の合意をした。

(一) 被告らがカラオケ騒音等の公害を発生させ、市当局から勧告、命令を受けた場合

(二) 被告らの一方、特に安藤が再度本件店舗の営業を止める意思を表示した場合

4  被告らは、その後もカラオケ騒音等を発生し続けたため、昭和六三年一月に横浜市公害対策局騒音課から文書による勧告注意を受けるなど、前項の明渡事由に該当する行為を行ったが、原告は、被告らの事情を考慮して直ちに本件店舗の明渡しを求めず、同年三月一七日被告らに対し、同年九月二〇日をもって本件店舗を明け渡すように求める通知を出した。

5  原告は、被告らが第3項の合意に反してカラオケ騒音等を発生させるような方法で本件店舗を使用したから、本件店舗の使用方法に関して信頼関係を破壊するような義務違反があったとして、昭和六三年一二月八日までに被告らに対し、右理由により本件契約を解除する旨の意思表示をした。

よって、原告は被告に対し、期限付合意解約若しくは解除による賃貸借契約の終了に基づき、本件店舗の明渡しを求め、かつ、本件契約の終了後である昭和六四年一月一日から本件店舗の明渡し済みまで賃料額と同額の一箇月二〇万円の割合による使用損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否及び反論

1  請求原因1の事実中、被告らの一方が何らかの理由で本件店舗の経営を辞めることになった場合、本件店舗を直ちに明け渡す旨の特約が本件契約にあったことは否認し、その余は認める。

2  同2の事実中、本件店舗が都市計画法上の第二種住宅専用地域内の本件マンションの一階部分にあり、神奈川県公害防止条例の定める飲食店に関する騒音規制基準が原告主張のとおりであること、被告らが横浜市公害対策局騒音課から指示注意を受けたことは認め、本件マンションの住民から苦情が続出したこと、被告らが本件マンションの管理組合から昭和六二年三月一七日付け文書でその対応を求められたが、応じなかったことから同年七月二四日に同組合から書面による警告を受けたことは否認し、その余は知らない。

3  請求原因3の事実は否認する。

4  同4の事実中、原告が被告に対して昭和六三年三月一七日本件店舗を同年九月二〇日をもって明け渡すように求めたことは認め、その余は知らない。

5  同5の事実中、原告が被告に対しては本件契約を解除する旨の意思表示をしたことは認め、その余は否認する。

なお、本件契約は、本件店舗においてスナックを経営することを目的として締結されたものであり、カラオケ用の音響機器の使用も許諾されており、また、原告は、自ら本件店舗を使用してスナックを経営した経験を有する者であって、本件店舗におけるカラオケ用の音響機器の影響及び酔客の叫喚等について事前に知っていたにもかかわらず、なんらの規制をせずに賃貸したのであるから、被告らが本件店舗においてカラオケ用の音響機器を使用したからといって、使用方法に反した本件店舗の使用をしたとはいえない。

また、被告は、カラオケ用の音響機器を使用する際、音響による影響を最少のものとするために〈1〉音源の音を小さくし、〈2〉低騒音機種の音響機器を使用し、〈3〉音源となる音響機器の配置場所を変更し、〈4〉建物壁面材の強化等を行ったのである。

さらに、原告は、集合住宅の一階にある本件店舗をスナック経営の目的で賃貸したのであるから、被告に対し、本件マンションの住民への迷惑を理由に責任を追及することはできず、また、被告が本件店舗において通常のスナック等で使用する以上に音響機器を使用していないから、本件店舗の使用方法に義務違反があるとはいえない。

したがって、被告は、本件契約に反した使用をしておらず、信頼関係を破壊するような義務違反行為をしていない。

三  抗弁

1  仮に被告らが原告と本件契約の期限付合意解約をしたとしても、期限付合意解除が借家法六条に反して無効とならないためには、合意に際して賃借人が真実解約の意思を有していると認める合理的客観的理由があり、かつ、他に右合意を不当とする事情の認められないことを要するところ、被告らは右合意に際して解約する意思を有しておらず、かつ、解約する合理的客観的理由もないから、右期限付合意解約は借家法六条に反して無効である。

2  仮に原告が本件契約の解除権を有するとしても、原告は、自己使用の目的から被告を本件店舗から追い出す手段として、本件契約の解除権を行使したのであり、また、被告が本件契約に従って本件店舗を使用し、音響機器の使用についても、原告の許諾を得たうえ可能な限りその影響の減少に努めてきたのであるから、原告が本件契約の解除権を行使するのは権利の濫用である。

四  抗弁に対する認否

抗弁1、2は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1の事実は、被告らの一方が何らかの理由で本件店舗の経営を辞めることになった場合、本件店舗を直ちに明け渡す旨の特約が本件契約にあったことを除いて〈証拠〉によれば、本件契約に右特約のあったことが認められる。

二  本件契約の終了事由について判断する。

1  本件店舗が、都市計画法上の第二種住居専用地域内の本件マンションの一階部分にあり、神奈川県公害防止条例の定める飲食店に関する騒音規制基準によれば、〈1〉午後六時から午後一一時までは四五ホーン以下、〈2〉午後一一時から午前〇時までは音響機器の使用禁止、〈3〉午前〇時から午前六時までは営業禁止の規制がされていること(請求原因2)、原告が被告に対して昭和六三年三月一七日本件店舗を同年九月二〇日をもって明け渡すように求めたこと(請求原因4)、原告が被告に対して本件契約を解除する旨の意思表示をしたこと(請求原因5)は当事者間に争いがない。

2  〈証拠〉によれば、以下の事実が認められる。

(一)  本件店舗は、鉄骨鉄筋コンクリート造一三階建の本件マンションの一階部分に存するが、本件マンションは、一階部分に六店舗があり、二階以上が共同住宅(六六戸数)となっている。

本件マンションの周辺には、本件店舗以外に四軒のスナックがあり、右スナック等から駅や国道一六号線に出るためには本件店舗の前を通らなければならない。

花田喜代子は、昭和五一年一二月二二日、本件店舗を買い受け、昭和五六年一月一六日、原告に対し、期間を五年、使用目的を飲食店、賃料を月額九万一五〇〇円、本件店舗の使用に関して騒音、煤煙、悪臭等を防止する措置をとり、これにより第三者に重大な損害、迷惑を与えた場合に賃貸借契約を解除できるとの特約を付して本件店舗を賃貸した(甲第一九号証)。

原告は、昭和五六年一月ころから三年間にわたって、本件店舗でカラオケ用の音響機器を使用してスナックを経営したが、昭和五九年ころ、千田恵美子に対して本件店舗を転貸し、同人は原告と同様にスナックを経営した。

原告は、昭和六一年四月一日、花田喜代子との本件店舗の賃貸借契約を更新したが、賃料を一〇万五四〇〇円にしたほかは従前の契約と同様であった(甲第二〇号証)。

(二)  被告は、昭和六一年四月ころ安藤と共に飲食店を経営することにして店舗を探していたところ、千田恵美子が本件店舗におけるスナック営業を止めるというので、安藤道子の知り合いである原告から本件店舗を転借することにした。

千田恵美子が昭和六一年八月三一日に本件店舗を退去したので、被告らは、同日以降本件店舗の内装工事を開始し、同年九月二〇日原告との間で本件契約(甲第二号証)を締結した。

本件契約は、賃貸期間を昭和六一年九月二〇日から二年間、賃料を月額二〇万円、敷金を一〇〇万円、使用目的を飲食業とするものであり、特約として、ゲーム機の設置禁止、売春行為の禁止、被告らのうちの一方が経営を止めた場合に本件店舗を明け渡す旨の事項が定められていた。

また、原告は、本件契約の際、被告らをして本件契約の特約事項を特に遵守させるために、右特約事項を記載した念書(甲第三号証)を作成させた。

被告らは、二五八万七〇七八円の費用(甲第一八号証の一、二、乙第一号証の一ないし一六)をかけて本件店舗の内装工事及び什器備品を揃えたが、右費用は被告らで半々ずつ負担した。

(三)  被告らは、昭和六一年一〇月一日から本件店舗において「にーずぱぶO2」の名称でスナックを開店し、本件店舗内に約三二席を設け、カラオケ音響機器を客に使用させていた。

安藤道子は、昭和六一年一一月四日、本件店舗で飲食店(スナックバー)を営むために食品衛生法二一条所定の営業許可を得た(甲第一二号証の二)。

被告らは、本件店舗において、午後七時から午前三時ころまで営業し、時には明け方まで営業することもあった。

(四)  本件店舗は都市計画法上の第二種住居専用地域内にあり、神奈川県公害防止条例により、飲食店は、午後六時から午後一一時までは四五ホーン以下に騒音をおさえ、午後一一時から午前〇時までは音響機器の使用を禁止され、午前〇時から午前六時までは営業を禁止されている。

ところが、被告らが右規則に反して本件店舗において午前三時ころまで音響機器を使用して営業するため、本件マンションの住民は、昭和六一年一二月ころから本件店舗の騒音、酔客の矯声、タクシーの騒音等に悩まされ、本件マンション管理組合及び被告らに苦情を申し立てた。

また、原告も、昭和六二年一月ころ、本件マンションの住民が本件店舗の騒音に苦情を申し立てていることを安藤から聞き、被告らに対し、音響機器の音量を下げて迷惑をかけないように注意した。

しかし、被告らは、本件マンションの管理組合等から注意を受けると二、三日の間は静かにするものの、直ぐに元どおりの営業をするため苦情が絶えなかった。

本件マンションの管理組合は、昭和六二年三月一七日、被告の母である岩室リイ子に対し、本件店舗の騒音について苦情が寄せられているので、営業許可種目、営業時間、午後一〇時以降の音響機器の使用上の配慮等について回答するように求める書面(甲第四号証)を送った。

本件マンションの管理組合は、被告らに対する再三の申し入れが効を奏しないため、騒音の激しい時には警察署に電話して警察官の派遣を要請したり、横浜市公害対策局騒音課に苦情を申し立てたり、さらに、賃貸人である原告、本件店舗の管理業者である花田工業株式会社にも苦情を申し立てた。

被告らは、金沢警察署から二回も呼び出され、午前〇時以降音響機器を使用した営業をしないことを約し、その旨の念書を作成した。

また、本件マンション管理組合は被告らに対し、昭和六二年七月二四日付け文書(甲第五号証)をもって、本件店舗の騒音が許容限度を越えているから管理組合規約に基づく対策をとる旨を警告した。

さらに、横浜市公害対策局騒音課は被告らに対し、同年七月三〇日、神奈川県公害防止条例に基づく規制を遵守するように求める内容の文書(甲第六号証)を配付した。

それにもかかわらず、被告らは、本件店舗の営業時間や音響機器の使用について、騒音防止に配慮した営業を行おうとはしなかった。

(五)  原告は、昭和六二年三月一九日、本件店舗において午前三時ころまでカラオケ用の音響機器を使用して営業しているため、本件マンションの住民が本件店舗の騒音について強硬な抗議をしてきたから、音響機器の撤去又は防音処理等の騒音対策を講じるように花田工業株式会社から求められ(甲第一六号証)、また、同年四月ころ、花田喜代子から本件店舗の騒音防止の改善策をとるように求められると共に、改善されない場合には本件店舗の賃貸借契約を解除する旨の通告を受け、午前〇時以降のカラオケ用の音響機器の使用を控え、かつ、音量を下げることで納得して欲しいと懇願した。

そして、原告は、直ちに被告らを自宅に呼び出して騒音対策を要求しようとしたが、安藤だけが訪れたので同人に対し、午前〇時以降のカラオケ用の音響機器の使用を止めること、早急に本件店舗を明け渡して欲しいことを求め、安藤はこれを承諾した。

また、原告は被告に対し、右事項を電話で要求したが、被告は音響機器の使用を午前〇時以降止めることはできないと回答した。

そこで、原告は、知人である山口武揚をして被告らと交渉させ、昭和六二年八月二八日、〈1〉被告らが本件店舗での営業においてあらゆる種類の公害を発生させ、市当局及び警察当局からその公害の改善勧告及び命令を受けた場合、〈2〉被告らが本件店舗での営業によって原告及び原告以外の第三者に損害を与えた場合、〈3〉被告らのうち一方が本件店舗の営業を止める意思を表示した場合(安藤が再度営業を止める意思を表示した場合)〈4〉昭和六三年九月二〇日が到来した場合のいずれかに該当したときは、原告からの通告があれば無条件で営業を停止して本件店舗を明け渡す旨を被告らに約束させ、その旨の誓約書(甲第七号証)を被告らに作成させた。

被告らは、昭和六二年八月二九日、本件店舗の騒音問題及び安藤が営業を止める件で原告に迷惑をかけたことを詫びる内容の「お詫び」と題する書面(甲第八号証)を作成して原告に渡した。

山口武揚は、昭和六二年八月下旬、安藤と共に原告の用意した菓子折り及びお詫び状を持参して、本件マンションの住民及び本件マンションの管理組合を回って陳謝した。

また、被告らは、一八万円の費用をかけて本件店舗の壁を補強したり、スピーカーを小型のものにしたり、スピーカーの位置を変えたり、音響機器の後ろにコンクリートブロックを置いたりして騒音防止に務めた。

本件マンションの管理組合は、本件店舗の騒音問題が解決したと判断し、被告らが本件店舗のカラオケ用の音響機器を午前〇時以降使用せず、かつ、音量を下げて使用することを約束した旨を記載した書面を本件マンション一階入口ロビーに掲示した。

(六)  ところが、被告らは、昭和六二年一〇月ころから従前と同様な営業を行うようになり、本件マンションの二階や四階の住民が管理組合に苦情を申し立てるようになった。

被告らは、本件マンションの管理組合から苦情を申し立てられても、午前三時過ぎまで音響機器を使用した営業を継続したため、同管理組合は、昭和六三年一月横浜市公害対策局騒音課に苦情を申し立て、同月八日、同課から被告らに対し、神奈川県公害防止条例を遵守し、かつ、本件マンション住民との協定を守って、カラオケ用の音響機器を注意して使用するように求める内容の文書(甲第一五号証)を配付された。

しかし、被告らは、本件店舗における従前の営業内容を変更せず、特に金曜日及び土曜日には午前五時ころまでカラオケ用の音響機器を使用した営業を行っていた。

(七)  原告は被告らに対し、昭和六三年三月一六日付け文書(甲第九号証)をもって、本件店舗を同年九月二〇日までに明け渡すように求めた。

被告は、昭和六三年五月三〇日、本件契約の更新を求める調停を申し立てたが、原告はこれに応じないため、同年一一月一四日不調となった。

安藤は、原告と友人であったこともあり、騒音問題で原告を悩ませた責任から本件店舗における営業を止めようと考えたが、被告がこれに応じないため、昭和六三年九月二〇日から本件店舗で働かなくなった。

被告は、昭和六三年一一月二二日、本件店舗において飲食店(スナックバー)を営むために食品衛生法二一条所定の営業許可を得て(甲第一二号証の二)、同年九月二〇日以降一人でスナックを経営したが、同月二六日及び同年一〇月五日に本件マンション住民から横浜市公害対策局騒音課に苦情が申し立てられ、同年九月二八日、同課から神奈川県公害防止条例を遵守するように求める文書を配付された(甲第一一号証の二)。

原告は、昭和六三年一二月八日までに被告らに対し、同年九月二〇日で賃貸借契約の期間が満了し、更新する意思もないから本件契約は終了したし、仮に更新されたとしても、被告らが騒音問題等を惹起して信頼関係を破壊したから解除するので、本件店舗を明け渡すように求めた(甲第一〇号証の一ないし三)。

以上のとおりであって、これに反する証拠は次に説示するとおり信用できない。

すなわち、被告本人尋問の結果中には、被告が本件マンションの住民から騒音問題で苦情をいわれたことがない旨の供述部分があるが、右供述は〈証拠〉に照らして信用できない。

2  前項の認定事実を前提にして、本件契約が期限付合意解約により終了したか否かについて判断する。

原告は、昭和六二年八月二八日、被告らとの間において、本件契約を昭和六三年九月二〇日をもって合意解約した旨主張する。

なるほど、原告は、昭和六二年八月二八日、被告らとの間において、昭和六三年九月二〇日が到来した時、被告らが無条件で営業を停止して本件店舗を明け渡す旨の合意をしたのであるが、右合意は、被告らをして騒音防止に努めさせる点に主眼があり、昭和六二年八月二八日当時、原告及び被告らの双方において、本件契約を合意解約する合理的な事情を認める証拠はなく、また、右合意内容及び右合意に至る事情からしても、被告が本件店舗の騒音問題について深刻に考えていたと認められない状況においては、右合意を本件契約の賃貸期間を確認した以上の意味があるとは解されず、さらに、原告が被告に対して昭和六三年一二月八日賃貸期間の満了を理由に本件店舗の明渡しを求め、右期限付合意解約を理由としていないことからも、右合意が期限付合意解約であったとは認め難い。

したがって、原告の右主張は理由がない。

3  前記二1の認定事実を前提にして、本件契約が解除により終了したか否かについて判断する。

(一)  原告は、被告らが本件店舗において騒音を発生させ、信頼関係を破壊するような使用方法をしてきた旨主張するので考察する。

被告らは、神奈川県公害防止条例に反して、昭和六一年一〇月一日以降午前三時過ぎまでカラオケ用の音響機器を使用して飲食店の営業を行い、本件マンションの管理組合や住民が苦情を申し立てても、改めることなく従前どおりの営業を継続し、さらに、警察官や横浜市公害対策局騒音課からの注意、指導があるにもかかわらず、これをも無視した営業を続けてきたのである。

また、原告が被告らに対し、本件店舗の騒音防止を求め、その旨の誓約書及び詫び状まで作成させて騒音防止に努めるように求めたにもかかわらず、音響機器の交換、防音設備の些細な改善等の僅かな騒音防止措置しかとらずに午前三時過ぎまで騒音を発生させ続けてきたのである。

さらに、原告が本件店舗の賃貸人である花田喜代子から、本件店舗の騒音問題を解決しなければ賃貸借契約を解除する旨の通告を受けているにもかかわらず、被告らは本件店舗における営業時間、音響機器の使用等を改めて騒音防止に努力する姿勢さえ示さず、午前三時過ぎまでも音響機器を使用した営業を続けてきたのである。

そうすると、被告らの本件店舗の使用方法は、賃貸人と賃借人との信頼関係を破壊するに足る義務違反行為であるというべきである。

なお、被告は、原告が本件店舗でカラオケ用の音響機器を使用することを承知し、かつ、右機器の影響についても知りながら賃貸したのであるから、右音響機器の使用をもって、本件店舗の使用方法に義務違反があるとはいえない旨主張する。

しかし、建物の賃借人は、賃貸借契約において明確に約していなくとも、当該建物の存する環境、立地状況、使用目的等から予想される制約の範囲内で当該建物を使用すべき義務があるところ、被告は、本件店舗が集合住宅である本件マンションの一階部分にあることを知りながら賃借したのであるから、建物の区分所有等に関する法律六条一項をあげるまでもなく、被告は本件マンションの居住者に迷惑をかける使用をしてはならない義務があり、かつ、カラオケ騒音等を防止するための基準として定められた神奈川県公害防止条例を遵守する義務もあるにもかかわらず、午前三時過ぎまで音響機器を使用した営業を続けるなど、弁解の余地のない使用方法を行ってきたのであって、本件店舗の使用方法に義務違反があることは明らかである。

また、原告は、被告らに対して音響機器の使用禁止を求めたわけではなく、午前〇時以降の音響機器の使用禁止と音量の低減を求めたに過ぎず、しかも、右要求事項は神奈川県公害防止条例の基準よりもゆるやかなものであることを考慮すると、被告が右要求事項でさえも遵守せずに営業を続け、騒音を撒き散らして本件マンションの住民に多大な迷惑をかけ、原告をして本件店舗の所有者から賃貸借契約の解除さえ警告させられる状況に陥れたことを考慮すると、被告の右主張は失当というほかはない。

また、被告は、本件店舗の騒音防止のために対策をとった旨主張するが、被告らの行った騒音対策は僅かなもので、多額の費用をかけて本件店舗全体を防音壁等で覆うなどというものではなく、しかも、根本的な騒音対策は、午後一一時以降の音響機器の使用禁止であるはずなのであるが、被告らはこれを実施しようともしなかったのであり、被告の主張は失当というほかはない。

もっとも、本件店舗は、本件マンション周辺にある四軒のスナックから駅や幹線道路に出る通行路に所在し、酔客の矯声、タクシー等の騒音がすべて本件店舗の客によって生じたものとはいえないのであるが、被告らが本件店舗で午前三時過ぎまで音響機器を使用した営業を継続し、右音響機器の使用だけでも本件マンションの住民に多大な迷惑をかけていたことを考慮すると、右の点を考慮しても、被告らには本件店舗の使用方法について義務違反があり、その違反行為は原告との信頼関係を破壊するに足るものというべきである。

したがって、被告らは、本件店舗を本件契約及び法令等に定められた使用方法に反して使用し、原告との信頼関係を破壊したものである。

(二)  原告は被告らに対し、昭和六三年一二月八日までに本件店舗の使用方法の義務違反を理由に本件契約を解除する旨の意思表示を行ったから、本件契約は終了したものである。

(三)  被告は、原告が本件店舗を自己使用する目的から被告を追い出す手段として本件契約の解除権を行使しており、また、被告が本件契約に従ってスナックを経営し、音響機器の使用についても、原告の許諾を得たうえ可能な限りその影響の減少に努めてきたのであるから、原告が本件契約の解除権を行使するのは権利の濫用である旨主張する。

しかし、原告が本件店舗を自己使用する目的から本件契約を解除したと認めるに足る証拠はなく(被告本人尋問の結果中には、山口武揚が被告に対し、調停において原告の息子が本件店舗を使用するので明け渡して欲しいと述べた旨の供述部分があるが、右供述部分は原告本人尋問の結果に照らして信用できないうえ、右供述をもって、原告が本件店舗を自己使用する意図があるとも認め難い。)、また、前記説示のとおり、被告が本件店舗において音響機器の使用に関して可能な限り騒音防止に努めてきたなどとは到底いえず、むしろ、被告は、本件マンションの住民らの騒音被害などなんら考慮することなく、神奈川県公害防止条例等に反した営業を続けてきたことが認められるのであって、被告の権利濫用の主張は失当である。

4  本件契約は、昭和六三年一二月六日、原告から賃借人である被告らに解除の意思表示が到達したことにより終了したものであるが、本件店舗の使用損害金は、賃料と同額の一箇月二〇万円であると認めるのが相当である。

三  よって、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 西田育代司)

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